金子みすゞの世界 ~みすゞの命日・東京大空襲の日に思いをはせて~

西山淑子 作・編曲による 金子みすゞの世界 ~みすゞの命日・東京大空襲の日に思いをはせて~
2006年3月10日(金) 19:00/すみだトリフォニーホール 小ホール

主催:水の輪ファミリーコンサート
後援:ヤマハエレクトーンシティ渋谷、日本音楽舞踊会議、全日本ピアノ指導者協会
協力:JULA出版

冷たい雨にもかかわらず、多くの皆さまにお出で頂き、満席となりました。たくさんのみすゞ好き、空襲・戦争に深い思いを抱く方々にお聴き頂けましたこと、みすゞの歌に託して平和を祈る貴重なひとときとなりましたことに心から感謝しております。ありがとうございました。

《ごあいさつ》

 本日は、お出で下さいましてありがとうございます。

みすゞの命日であり、東京大空襲の祈念の日という忘れ得ぬ日に、しかも“すみだ”で演奏できることになりましたことには、何か目に見えない力の導きを感じます。ご協力下さった方々に心より感謝しております。

 相手の立場になって考えること。他者の価値観を認めて受け入れること。そのためには、他者の気持ちを考えられる力、つまり見えないものを見る想像力を育み、持ち続けること。これこそが、平和への唯一の道だということは、多くの著名人はじめ皆が言っておられます。みすゞさんの詩は、そのことをやさしい言葉で教えてくれます。

 思いやり、命、家族の絆・・・「ヒトにとっていちばん大切なこと」を感じられる感性を持つことが大切だと思います。このコンサート『金子みすゞの世界』は、‘97年より始め、多くの皆さま方にお聴きいただいておりますが、これからも平和な地球を夢見て、“みすゞの心”を発信し続けたいと思っております。小さな小さなコンサートですが、お聴きいただいた皆さまから周りの方々へ“みすゞの心”を広げていただけたら、有り難く嬉しく思います。どうかこれからも私たちをご支援下さいますようお願い申し上げます。

『妹』と船渡和代さん

 このコンサートが出来ることになり、空襲で亡くなった方々に一曲捧げたいと思いました。
そして詩を探していると偶然にもこの『妹』に出会いました。昭和58年7月17日の読売新聞、“女の詩 女のうた”欄に掲載され、その年の特選詩に選ばれた作品です。作者の船渡和代さんは、東京大空襲で、兄、妹、弟、祖母5人を亡くされました。昭和59年には、学童疎開と大空襲の体験記『焼けた空』を汐文社から出版されました。最近のインタビューの中のひとこと「反戦運動、平和運動と大それたことはしなくても、家族や友人とあたたかい繋がりを持つことが大切です。」

このコンサートは・・・・
<3月10日という日に>

金子みすゞが命を絶った日から15年後の同じ日に、東京大空襲にみまわれ、この会場(すみだトリフォニー)周辺は特に被害が大きく、たくさんの命が奪われました。この祈念の日にその場所でコンサートが行えることになったのは、全く偶然のことで、何か目に見えない繋がり、めぐり合わせを感じます。
みすゞさんの詩にうたわれている、命の尊さ、地球上の総てのものへの優しいまなざし、思いやり、家族の絆・・・・。ヒトが生きて行くのにいちばん大切なものだと思います。みんなが「みすゞの心」を持てたら、戦争も殺人事件もなくなるだろうに。今こそみすゞの詩が必要なときだと強く感じます。
3月10日。この特別な日に、みすゞのうたと、みすゞの心に繋がる歌を通して、今一度、「ヒトが生きて行くのにいちばん大切なもの」を思い起こし、心を傾けて平和を願う。そんな思いを託したコンサートです。

『妹』について
3月10日に墨田区でコンサートを行う事になり、空襲で(戦争で)亡くなった方々への鎮魂のための曲を演奏したいと出演者一同が思いました。そしてまた偶然に『妹』という詩にめぐり逢いました。作詞者の船渡和代さんは、東京大空襲で、祖母、兄弟妹5人を亡くされました。その妹さんへの思いをうたった詩で、昭和58年7月17日の読売新聞に掲載され、その年の特選詩に選ばれました。今回、新たに作曲し、レクイエムとして初演いたします。

★船渡さんは、学童疎開と空襲の体験を執筆され『焼けた空』として、昭和59年に汐文社から出版されました。


わたしに妹がいた 顔もからだも丸こくて やわらかい髪に赤い毛糸のリボン
わたしに妹がいた 歌うのが大好きで お山のすぎの子がお気に入り

ああ  あの夜 サイレンが 妹の歌をかき消した

わたしに妹がいた いつでもどこでも わたしについて来たのに

ふり向いても もういない

金子みすゞ

1903年(明治36年)4月11日、山口県仙崎村(現長門市仙崎)に生まれる。20才の時、童謡を書き始め、雑誌「童話」などに投稿して、西條八十に絶賛される。わずか3年間に512編の童謡を書くが、1930年(昭和5年)3月10日、自ら命を絶つ。以後埋もれてしまっていたが、児童文学者・矢崎節夫氏(金子みすゞ記念館館長)の16年におよぶ“みすゞ探し”の結果、1982年6月20日に発見され甦った。今、世界中に広がっている。

<第1部>みすゞの心に繋がるうた

1.妹(詩:船渡和代 曲:西山淑子)初演
2.どこかで春が(詩:百田宗治 曲:草川信)
1923年(大12)3月、「小学男生」に掲載。
春がやってくる喜び。自然を愛でる。季節感を大切にする日本人ならではの感性がいっぱい詰まっている。
3.電話(詩:川路柳虹 曲:山田耕筰)
1926年(昭2)3月発表。山田耕筰・童謡百選の中の1曲。東の風からの電話がくるという発想が、いかにも童謡らしく、想像力に富
んだ楽しい歌。
4.赤い鳥小鳥(詩:北原白秋 曲:成田為三)
1918年(大7)10月「赤い鳥」に掲載。曲が付いたのは、1920年(大9)。小さな子供の目線で捉えている、素直に納得できてしまうところがすごい。これぞ童謡と言える傑作。
5.かなりや(詩:西條八十 曲:成田為三)
1918年(大7)11月「赤い鳥」に掲載。
翌年5月に曲が付き、発表される。歌となった 初めての童謡。みすゞも大好きだった曲。どん なに小さな命でも大切にいたわり見守るという 温かさに、みすゞも共感したのだろう。当時、 八十自身が“歌を忘れたカナリヤ”だった。この詩を書いたことで、意欲を取り戻したと言われている。
6.青い眼の人形(詩:野口雨情 曲:本居長世)
1921年(大10)12月「金の船」に掲載。
異国の地にやって来て心細いお人形を思いやる やさしさがあたたかい。1921年(大12)暮、 関東大震災の折のアメリカからの救援に対する 答礼使節団が本居長世を団長としてアメリカへ。現地での公演で最も好評だった曲。
7.金魚のひるね(詩:鹿島鳴秋 曲:弘田竜太郎)
1919年(大8)7月発表。子供が金魚に語りかける、子供ならで はの想像力をうまくうたっている。
8.うさぎのダンス(詩:野口雨情 曲:中山晋平)
1924年(大14)「コドモノクニ」に掲載。雨情は、おもちが 焼けて膨らむのを見て、着想したと言う。リズミカルでうきうきした楽しい曲。
9.風(詩:クリスティナ・ロゼッティ/西條八十訳詩 曲:草川信)
1921年(大10)8月10日初版の「赤い鳥童謡」第5集に掲載。
八十が、みすゞを絶賛したときに引き合いに出したイギリスの女
流詩人の作。当時大流行した名曲。
10.父母の声(詩:与田準一 曲:草川信)

1944年(昭19)学童疎開で家族と離れ離れになった子供たちを
励ますために作られた。いつの時代でもどこの国でも変わらぬ親
の子に対する気持ちをうたった素晴らしい歌。疎開先でラジオか
ら流れるこの歌に、子供たちはどんなに勇気づけられただろう。
11.長崎の鐘(詩:サトウハチロー 曲:古関裕而)
1949年(昭24)8月、藤山一郎が歌って大ヒットした。1年半後に同名の映画の主題ともなった。長崎大学医学部放射線科の医師、永井隆博士の被爆体験の手記をもとに書かれた詩。どんなに辛く悲しくても、希望は捨てないで生きてゆこう、というメッセージである。

chorus1
chorus2
chorus3
ソロ:浦富美・杵島純子・渡辺裕子
エレクトーン/編曲:西山淑子

合唱
〈URAコーラスグループ〉
井原孝子・折原保子・川崎弘子・久保田ソウ・倉持啓子・佐藤千賀子・鈴木明美・諏訪部淳子・田中登子・田村恵子・新田谷圭子・深澤洋子・福島八重子・星野ミチ江・増田きみ・松丸公子・松本愉美子・横井裕子・
類地佑子・稲田史郎・大村泰司・嘉戸健治・薩 智行・谷川道夫
〈コール・ローゼ〉
江畑喜美子・大石けい子・大庭征子・雲野政井・小林君代・小峯敏子・谷美津子・土屋好美・中頭はるみ・古郡芳子・槙島紀子・吉田光江・柏原節子・菊田早苗・椎名正江・飛田信・天羽道子・野村登美枝・山本照代
〈混声合唱団 “つばさ”〉
久保れい・内藤三枝子・阿部桂子・上野了子・大内山静子・橘高淳子・高橋敦子・森川順子・渡辺圭子・森信保・斎藤茂暢・滝登志樹・畑義徳・五味雅彦
〈コーロ・フィオーリ〉
鍵田くに・金子きん子・鈴木智恵子・高田貴美子・門倉由美・小林恵美子・矢野敏栄・佐藤幸子・馬場淑子
〈市川ミュージカル合唱団〉
石橋美幸・石橋久瑠実・石橋果輪・笠井茉莉子・勝山めぐみ・勝山直毅・陣内由美子・増永優実・松藤真理子・山本洋子・伊藤雅子・石井真理子・千葉真理・千葉一朗・谷辺順子・渡辺せいら・石田真也・楠圭太・谷水秀光・久宗雅人・松藤恒夫

《第2部》
歌と朗読による『金子みすゞの世界』
作曲:西山淑子  構成:吉原 廣・西山淑子  スライド原画:松井奈穂
歌:浦 富美  杵島純子  渡辺裕子//エレクトーン:西山淑子
〈うた〉わたしと小鳥とすずと・桑の実~ふしぎ・すなの王国・つくる・灰・木(ことりは・・・)
葉っぱの赤ちゃん・四月・みんなをすきに・木(お花が散って・・・)・こころ・明るい方へ
花のたましい・日の光・つもった雪・お魚・大漁・このみち
〈朗読〉土と草・はすとにわとり・かりうど・野茨の花
出典/金子みすゞ童謡全集、童謡集「私と小鳥ととすずと」「明るいほうへ」「このみちをゆこうよ」(JULA出版局)
*西山が着用しておりますきものは、みすゞの写真のきものを復元したものです。

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西山淑子(にしやまよしこ)……作・編曲/エレクトーン
伊東生まれ。武蔵野音楽大学作曲科卒業、同大学院修了。
作曲・編曲とエレクトーンによるコンチェルト、オペラ、ミュージカル、歌曲、童謡などの伴奏をしつつ、エレクトーンを導入した幼児からのピアノ・ソルフェージュ教育とアンサンブル体験に特に力を注いでいる。『エレクトーン伴奏による初心者のためのピアノコンチェルト』を多数編曲(東音企画より出版) 金子みすゞの詩とは18年前に出会い、その優しさに惹かれ作曲を続けており、『金子みすゞの詩による童謡集』は、声楽家のレパートリーとして広がりつつある。
’04年11月、伊東ミュージカル劇団創設記念公演 “青い目のサムライ~こんにちわ!ウィリアム・アダムスさん”の作曲と伴奏を手がけ好評を博す。
昭和音楽大学講師、[西山淑子の音楽教室]主宰 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員、日本音楽舞踊会議会員
http://hw001.gate01.com/yosiko-n/

浦 富美(うら ふみ)……ソプラノ
武蔵野音楽大学声楽科卒業。上浪明子・大滝てる子各氏に師事。我孫子にて合唱団(4団体)の指導やボランティアコンサートなどで活躍している。金子みすゞの詩には、その優しさに強く心惹かれ、機会あるごとに歌い続けている。
日本音楽舞踊会議会員。

杵島純子(きしまじゅんこ)……ソプラノ
上野学園大学声楽科卒業。長坂好子氏に師事。オペラ出演、リサイタルなどで活躍。
1980年、島筒英夫氏に出会い、彼の歌を含む美しい日本語の歌を中心に各地でコンサート活動を続けている。
CD『花に会う旅』『花の装い風のうた』(東芝EMI)好評発売中。

渡辺裕子(わたなべゆうこ)……ソプラノ
武蔵野音楽大学声楽科卒業。後イタリアに留学。ジャネッラ・ボレッリ、アーロス・マリア、大滝てる子の各氏に師事。市川市で合唱団の指導の他、市川市民ミュージカルのソロ及び合唱指導など、地域に根ざした活動を展開している。また、盲目のピアニスト島筒英夫氏のコンサートに感銘を受け、氏の歌を中心に各地で歌い続け、好評を博している。日本音楽舞踊会議会員。

松井奈穂(まついなほ)……作画(スライド原画、表紙の絵)
東京芸術大学美術学部(日本画)卒業。
川村小学校図工科講師、[アトリエかたつむり][アトリエてんとう虫]主宰。