私の仕事歴

練馬区旭丘の音楽教室

    『よしこの音楽室』西山淑子です。

今日はまた寒そうですね。外は真っ白!雨も降り出したのでしょうか?

くもり

雨

でも病室はぬくぬくです

チューリップ赤

私が “教える”ことを初めたのは、故郷でのヤマハ音楽教室の講師としてでした。35年位前のことです。

講師研修で初めて体験した『聴唱』

1~2小節のメロディーを伴奏しながら歌い、生徒に真似させる、というもの。

あれには悪戦苦闘しましたね

ガーン

必死で練習しました

音譜

子どもが生まれて初めて出会う先生になる訳ですから、こりゃ責任重大です。私の教え方一つでこの子の人生決まるかもという思いに毎回真剣勝負でした。

あっ『でした』ではないです!

今もこの思いは変わらず持ち続けていますから。

そんなこんなで1年が過ぎ、慣れてきたな~と思っていたところに東京の専門学校の講師の仕事が舞い込み、いきなり専任講師になってしまい、電子オルガンのレッスンを担当することになりました。

ヤマハは辞めることになりましたが、その時の生徒が何人かホームレッスンを希望してくれて、ここから私の “住所不定生活”が始まりました??

月曜~木曜    学校、金曜~日曜    実家、というサイクル。大抵は深夜早朝に移動してました

車

その後、専門学校から短大へ(ここでも専任)

ここでは、ソルフェージュや“音演習”という、1人1台シンセサイザーが使えるML教室で伴奏付けや即興演奏の授業を担当してましたっけ。

学生と年の差があまりなくて、先輩みたいな乗り。図書館のおばさんに学生と間違えられて、怒られたこともあったわ~。

そのうちに予期せぬケッコン??出産??

実家の教室はたたみ、週1日短大だけ行くことにして、母に専念。

家と公園とスーパーのトライアングルゾーンで過ごすこと4年。

娘が幼稚園に通い始めたのがきっかけで、娘のお友達にピアノやソルフェージュを教え始めました。

エレクトーンでのコンチェルトやオペラの伴奏のお仕事もちょうどこの頃声がかかったのでした。

オペラやコンチェルトの伴奏がリアルサウンドでできるエレクトーンをレッスンに活用しない方はないっ!と生徒たちのために書き下ろしたのが、

『コンチェルト仕立ての・・・』です??

今は

『エレクトーン伴奏によるピアノ初心者のためのピアノコンチェルト』

というタイトルに変わりました。

始めたばかりの小さな子どもたちにこそ素敵な伴奏に包まれて弾いて欲しい!とにかくアンサンブルを体験して欲しい!という私の強い想いを形にしたものです。

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普段のレッスンで、発表会で、、、

その子に合わせたオーダーメイドのアレンジです

ラブラブ

みんなとっても楽しんで喜んでくれて

ドキドキ

これはずっと続けよう

!!と想いはどんどん広がりました。

ところが、、、10年前、故郷でミュージカルが立ち上がり、その作曲と演奏、指導も任され、再び “住所不定生活”となり、、、

でもこれは幸いでした

ビックリマーク

両親も70代後半になっていて、私が帰るのが2人の『元気の素』みたいでしたから??

そして両親の他界。

故郷のミュージカルも一段落して、私は足繁く通わなくてよくなり、ようやく“定住”出来るようになりました

!!

さあ、これから

『音楽って楽しい!』

『アンサンブルって楽しい!』

一緒に分かち合って、そして優しい思いやりある心も育てて行きたいと思います。

音大講師の経験も活かして、しっかり力のつくレッスンを目指します

音譜

ぜひご一緒に

!!

音譜

!!

音譜

!!

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